VOICE|地球学校 : 内山美智代(うちやま・みちよ)さん
今現在地球学校に通っている人、これまでに通ったことがある先輩の方々から直接お話を伺うインタビュー企画、VOICE。
今回は学習者ではなく、日本語教師の内山先生にお話を伺いました。通常の日本語レッスンではなく、横浜刑務所の中で受刑者への日本語教育に携わっている方です。なかなか他では聞くことができない塀の中の日本語クラスの話は必読です。
- 横浜刑務所の中の日本語教育は、地球学校から代々、担当者が出向しているんですよね。
はい、そうです。地球学校が横浜刑務所内での日本語教育に関わり始めたのはNPO設立当初からだと聞いていますから、約20年前ですね。初代の担当者は若槻さんという女性の方。次が現在NPOの副理事長、廣瀨剛さん。彼は今も「俳句」の先生として横浜刑務所の中で活躍していますよね。私は日本語クラスの担当としては七代目で、女性としては二人目だそうです。
- まずは現在の横浜刑務所での日本語クラスのことを教えてください。
毎週火曜日の午後、90分のクラスです。時間は13:00~14:30。1タームが20回で完結します。年間2ターム実施していますが、ずれることもあります。たとえば、月曜日がハッピーマンデーで休日の場合は、日本語クラスはありません。月曜日恒例のお風呂タイムが火曜日になるためです。他にも、刑務所内でインフルエンザが流行ると日本語クラスはなくなります。私も冬の間、教室内ではマスクをつけています。
「一日中悪い人はいない」
- 日本語クラスで学習している受刑者のことを教えてください。
男性のみですね。今は日本語が中上級レベルの人たちが8人ですが、来週からの新しいタームでは、日本語がゼロレベルの人たちの予定と聞いています。
日本語クラスで彼らと過ごしていると「こんなに真面目な人たちが、本当に犯罪者なのかしら…」と毎回思うんです。それで、担当の刑務官に「皆さん悪い人とは思えないですよね」と伝えると、その刑務官が「内山さん、一日中悪い人はいないです」って。その言葉に深く感動しました。
- 日本語クラスは刑務所の中で、どのような位置づけなんでしょうか。
日本語クラスの目的は、刑期を終えて出所したあと、日本での生活が円滑に行われるように、社会復帰ができるように、という外国人受刑者への日本語支援です。
現実には、刑務所内で規則を守り、刑務官の指示に従い、受刑者同士で諍いをしない人へのご褒美のような側面があるでしょうか。その時間、他の受刑者は通常通り刑務所内の各工場で、作業、仕事をしているわけですから、日本語クラスの90分は特別な時間だと思います。将来の仕事につながる日本語力をアップする時間であり、束の間の憩い、ストレス解消の時間でもあるかもしれませんね。
外国人の受刑者が日本語クラスへの希望を出すと、担当の刑務官が選ぶようです。各クールのレベルや人数などが考慮されるのではないでしょうか。今の中上級クラスは8人ですが、次回のゼロレベルは4人のクラスになるようで、応募者は18人だったとのことです。
【写真】横浜刑務所の入口。横浜刑務所の受刑者は約1200人。そのうち約1割が外国人だそうです。
- 内山さんが横浜刑務所の日本語クラスを始められたのは、いつからですか。どうして担当することになったのでしょうか。
2017年10月から担当しています。今のクラスが3クール目になります。前任者が事情で続けられなくなったとき、理事長から「内山さんの出番が来ましたよ」と声がかかりました。地球学校に入り、横浜刑務所の中で日本語教室があると聞いたときから、私もいつかは担当したいと関心をもっていました。
「一番困っている人を助けたい」という思いがあったらからです。地球学校の通常の日本語レッスンの学習者は、お金が払える人。生活でそれなりに大変なことはあるかもしれないですけど、困ってはいない人たちです。でも、受刑者は、刑期を終えて外に出たら仕事もなく、周囲の偏見もあって困るはず。だから塀の外に出てから困らないように日本語を教えてあげたい!と考えていました。
日本で安心して生活できるように、仕事で使えるように、地域で必要なコミュニケーションができるように、と。「ありがとう」「お世話になっています」といった優しい言葉、やわらかいコミュニケーションを伝えたい、と思っていたんです。
– 受刑者への日本語クラスは、実際に始めてみて、どうでしたか。
受刑者は、思いのほか長く刑務所にいることがわかりました。つまり、外に出たとき必要となる日本語というより、刑務所生活における日本語が必要だと早い段階で悟りました。刑務所生活を、いかに切り抜けるかが大切だと感じたんです。
それで、刑務官に毎回少しずつリサーチを重ねました。
「刑務官は受刑者に、どんな日本語を話すんですか」
「各工場では、どんな作業をしているんですか」
「作業中に質問したいことがあったら、どうしたらいいんですか」
「作業中にトイレに行きたくなったら、どうしたらいいんですか」
「刑務所内では、何をしてしまったら懲罰になるんですか」
「もし、けんかをしたら、どうなるんですか」
…といった疑問を、毎回少しずつ刑務官に質問して日本語のクラス内容を考えました。
刑務所内では、規則が最優先です。作業中は、よそ見もだめ。たとえば作業中ミシンに不具合があったら挙手をして刑務官が来るのを待って説明するのだそうです。そのときに説明できる日本語が必要だとわかりました。説明するための日本語だけでなく、聴きとる力も欠かせませんね。また、相棒がいる作業もあるようなので、作業について質問したり、確認したり、頼んだりすることも大切だとわかりました。
そういえば、昔、横浜刑務所で日本語クラスを担当していた地球学校の方が「受刑者に形容詞は必要ないんだよ。感情を伝える場面はないからね。大切なのは動詞。指示を聞けることが重要なんだよ」と言っていました。待て、立て、見ろ、進め…。確かに、命令形は必須だと思いますが、私が出会った初中級レベルの人たちは、もう既に理解していました。「それは毎日聞いているからわかります」と言われたんです。このように刑務官や受刑者にリサーチする中で、日本語クラスの進め方を試行錯誤してきました。
気持ちを日本語で伝える機会をつくりたい
- 試行錯誤してきたうえでの今があるんですね。現在の日本語クラスでは、どのような内容を実施していますか。
基本的には、刑務所が用意してある市販の教科書を使って進めています。教科書は日本語クラスに在籍している間はずっと貸与されます。書き込みはできないけれど、予習や復習もできますね。歴代の受刑者が使用してきたものですが、とてもきれいで、丁寧に使われていることがわかります。
私がクラスで一番大切にしているのは「日記」です。宿題として、毎日書いてもらって、次の日本語クラスで提出してもらっています。「日記」は辞書をひく機会にもなっているようで、非漢字圏なのに、こんな漢字が書けるなんて!と驚かされることもあります。
「日記」は刑務官の検印を受けていますが、私と彼らのコミュニケーションにもなっている、大切な日本語使用の場です。これは、クラス担当を始めてすぐの3回目から実施しています。
【写真】インタビュー時に手元にあった「日記」とフォーマット。一週間分はA4で2枚。
- 「日記」を日本語クラスで取り入れるようになったのは、どうしてですか。
最初の1回目、2回目、と、みんな…あまり話さなかったんです。刑務所では話さないことに慣れてしまっているように感じました。おしゃべりをしてもいい時間はあるようですが、その時間は決められています。外国人ということもありますし、話さなければ話さないで一日は終わります。
「日記」は書く作業ですが、おしゃべりと同じような位置づけになっていると感じます。私としても、彼らの思っていること、考えていることを引き出すことができると同時に、日本語のレベルチェックもできるので日本語の授業にも活かせて助かっています。
それに、一人ひとりの受刑者が、刑務所内のどんな工場で何を作っているのか、日々の生活もわかります。紙製品を作っている人、作業服を作っている人、うどんを作っている人、木工製品を作っている人、PCを解体している人、それらを出荷している人…そのうち、刑務官にリサーチしなくても、「日記」から彼らが必要としている日本語がどのようなものかを推し量ることができるようになりました。
でも…やっぱり「日記」の役割としてはストレス解消が一番なのかもしれません。刑務所内では感情を直接伝える場面はないかもしれないけれど、自分の気持ちや考えていることを言葉にすることで彼らの癒しになっている気がしています。
- 「日記」では、他にどんな内容のやりとりをしているんですか。
彼らがよく書いているのは、食べた物のことや家族のことですね。食事の時間を楽しみにしているのは、わかる気がしますよね。
<食事>に関する内容を「日記」のメモから拾ってみると…
【日記より】
・今日はフライチキンやチョコレートクリームがおいしかったです。
・午前集会のお菓子で、ミルクコーヒー、黒チョコサンドビスケットや黒チョコのスティックを食べました。
・夕ご飯のエビチリソースがとても美味しかったですよ~
・昼に出たコッペパン、パンプキンスープ、野菜ジュース、フライドチキン、コーンコールスロー、チョコレートジャムがめちゃ美味しかったです。今日のお昼ごはんは、たぶん刑務所で一番おいしいと思います!最高です(^▽^)/
この食事も、受刑者の中で得意な人が担っているそうです。毎日のことですし、お盆もお正月もなくて大変そうです。
<家族>に関する内容を「日記」のメモから拾ってみると…
【日記より】
・今日は自慢という言葉を覚えた。私の自慢は奥さんと二人の子どもだ。みんな愛しているからね(^▽^)/
・毎日かぞくのことを考えて頭が痛かった。みんなは元気でね!
・お母さんが帰ってから毎日家族のことを考えて心配だった。**ちゃんと子どもは大丈夫かな。早く手紙、来てくれ。
・元気かな?**ちゃん、おねしょしないでね。早く手紙をだして
こんなに自分の家族のことを考えている男性、パパって、いるのかしら…と思います。
- 受刑者は自分の家族と手紙のやりとりをしているんですね。
はい。家族からの手紙をとっても楽しみにしていますね。
ある受刑者の話ですが、自分から家族宛の手紙は母語で書いて、手紙の返信は奥さんから母語で届いていたそうです。でも、受刑者が日本語を勉強して、ひらがなを覚えたので、母語ではなく、初めて日本語で息子さん宛に手紙を送ったら、息子さんから日本語の手紙が届いたんだそうです。それを自分の「日記」に写して私にも見せてくれたのですが、その内容が、とっても印象的だったんですよ。手紙は優しい言葉にあふれていて、パパのことは忘れてないよ~とか、パパのことが大好きだよ~とか、ここまで育ててくれて感謝してるよ~とか。パパから日本語で手紙がきたのは初めてだということを、泣いて喜んでくれたんだそうです。パパが日本語で手紙を書いて送ったことが息子さんの心を動かしたんだと思います。私も泣きそうになりました。
- 日記を読ませてもらうと、受刑者の日常はもちろん、気持ちが伝わってくる内容も多いですね。内山さんが大切にしたいと思って始めた「日記」の効果といったらいいでしょうか。
はい、本当に。気持ちが伝わってくる日記は、改めて必要だと感じています。なので「日記」は、これからも続けたいですね。
<気持ち>が伝わる内容を「日記」のメモから拾ってみると…
【日記より】
・先生とはなれる日が近づいている。台風のような生活の中で内山先生の指導は大きなできごと。ありがとうございます。
・三日連続の入浴。フロの日は仕事も早く終わるからうれしい。
・今日は**歳の誕生日。部屋でも工場でもみんながおめでとう!と言ってくれた。ありがとう!どこでも人気があるのでしょうがないな(^▽^)/
・毎回僕が日本語教育に行ったあと、たぶん僕の相棒は一人で仕事をすることになるでしょう。今ちょっと相棒の気持ちを理解しました。
こういった気持ちや考えが見える内容はうれしいですよね。今の日本語クラスの人たちとは、もう会えなくなるのかと思うと、私もさびしいですね。明るい色の服を着ていくと「今日きれいね、先生」と言ってくれたり(笑) たわいもないことですが、そんなことも思い出します。
【写真】写経「般若心経」。これには「為内山先生」と記されている。
- お話を聞いていると、塀の中での日本語クラスということを忘れてしまいそうですが…
そうですね。私も毎回「本当に犯罪者なのだろうか」と、今でも思います。それと同時に、毎回「やっぱりここは刑務所の中だな」と実感することもあります。
それは刑務所の中で、私が一人歩きできないことです。まず門衛所でのチェック、次に、刑務官に迎えに来てもらうために玄関で待機。そしていくつものドアを解錠してもらいながら進み、途中で携帯電話を専用ロッカーに。辿り着いた事務所から教室に行くまでも、複数の解錠と護衛が必要です。警備は本当に厳重です。
それから、矯正指導日という日には反省文を日本語で書く時間があるそうですが、それも刑務所ならではですよね。担当刑務官に自分の反省や決意をわかってもらうためには、日本語の語彙を増やしたり、適切に説明したりする練習も必要なのではないか、と思っています。
他にも、やっぱりここは刑務所の中なんだな~と実感することに<腕章>があります。今回のクラスでは左腕に腕章をしている人がいるのですが、それは、刑務所内で無事故、無違反の人の証なのだそうです。日本語クラスに来ている人の中でも特別らしく、とても誇らしげで、ほほえましく思いました。
受刑者への日本語教育が必要なことを知ってほしい
- 内山さんの横浜刑務所の中での日本語クラスへの思いを、聞かせてもらえますか。
そうですね……「無事に刑期を終えられますように」ということですね。そのためには、けんかをしないでね、ということと、刑務官の指示命令をよくきいてね、ということですね。この2つを重視しています。実際、過去には、日本語クラスに来ていたのに、けんかをしてしまったために日本語教室に来られなくなった学習者もいるんです。
他にも思い出すことがあります。ある「日記」への返信コメントに私が「がんばってね」と書いたら、その一言に対して、受刑者が次の日記で「感動した」と書いてくれていました。そんな優しい言葉をかけられることはないのかもしれません。そのあとから、「日記」への返信コメントには、努めて応援の言葉を書くようにしています。刑務所の中では、日本語や将棋を教えてくれる優しい日本人もいるそうですけど、そうじゃない日本人もやっぱりいますよね…そんな状況の受刑者への「がんばってね」というコメントは、「がまんしてね。無事に刑期を終えてね」という気持ちです。
刑務所の中ですから快適な暮らしとはいえないでしょうが、私の願いは…絶望しないように…という、母心ですかね(笑) 本当に心配です。
- 刑務所の中での日本語クラスは、これからも必要とされそうですね。
はい、そう思います。この日本語クラスは、地球学校の日本語教室で培ったノウハウを、社会に還元できる活動だと思います。特に刑務所という目立たない場所で貢献できるのは、NPOならではといえるのではないでしょうか。 今はニュースでも、かつてないほど日本語教育が注目されていますね(*1)。塀の中の外国人にも日本語教育が必要だと知ってほしいです。
実は、刑務所の研究授業というのが毎年あるそうですが、去年は初めてテーマとして横浜刑務所で「日本語教育」が取り上げられました。外部参加者が関東近郊から約20名来て、私の授業見学のあとは話し合いの場もありました。参観者は刑務所、少年院、裁判所、精神医療センターなどの関係者、裁判官、検察官など。中には日本語教育にウエイトを置いていない所もあるそうなので、全国の刑務所で専門家による日本語教育がなされるといいと思っています。
– 今日は貴重なお話を、ありがとうございました。
私も彼らのことを知ってほしいと思っているので、いい機会でした。
ちなみに、毎年11月上旬には横浜刑務所の「矯正展」というのがあります。一般の方も、刑務所内の見学ができますし、受刑者が作った商品を買うこともできますので、ぜひ足を運んでみてほしいです。横浜刑務所の名物は「うどん」で、矯正展の日は食べることもできますよ。
*1…2019年6月21日、国内で暮らす外国人への日本語教育の充実を促す「日本語教育推進法」が参院本会議で可決、成立しました。
【写真】インタビュー後、かながわ県民センターで。地球学校の日本語レッスンをしている内山さん