VOICE|地球学校 : ぬえよしこさん
今現在地球学校に通っている人、これまでに通ったことがある先輩の方々から直接お話を伺うインタビュー企画、VOICE。
今回は、地球学校とご縁のある方、ということで、地球学校のホームページの英訳をしてくれた「ぬえよしこ」さんへのインタビューです。
インタビューでは、地球学校とのかかわり、英訳の話はもちろんのこと、寄付、ライター稼業、異国で暮らすこと、言語を獲得すること、アメリカの多文化共生とは、など、多岐にわたって経験からの持論を語ってくれました。
- 自己紹介をお願いします。
東京からアメリカ・テキサス州ダラスに移り住んで24年目になります。アメリカ居住歴=テキサス州居住歴=ダラス地区居住歴なので、東京テキサス人と自称しています。現在は子どものホームスクールをしながら、翻訳、通訳、ライター業をしています。ぬえってどんな漢字なんですかと聞かれるのですが、これは日本人の苗字ではなく、夫の苗字をひらがなで表記しています。
- どうして地球学校とかかわるようになったのですか。
理事長の丸山さん、地球っ子教室の辻さんは、日本語教師になるための養成講座で一緒に学んだ仲間です。それで地球学校で英訳が必要になった時に声をかけていただき、引き受けたことからですね。日本語レッスンのチラシとか地球っ子教室の親御さんへの説明文とかお手伝いしています。
地域に根ざした場、気楽に通える場って大切
- 伝わる英訳を、いつもありがとうございます。特に昨年のホームページリニューアルでは、大量の英訳を本当に助かりました。
私のほうも翻訳の仕事の一つとしてPRできるのでありがたいのです。地球学校のホームページには、英訳者としてクレジット(credit)を載せてもらえていますので。
それに、この英訳についてはうちの子にもサポートしてもらいました。子どもの第一言語は英語ですが、第二言語である日本語を読んで英語に翻訳する作業は、実践的な日本語学習の場にもなりました。複数の言語が操れることは大きなメリットですよね。
たとえばスペイン語とポルトガル語と比べて、英語と日本語は差が激しい言語だと思います。そんな言語ギャップのある英語と日本語ですが、子どもの読解力が両言語で同じぐらいのレベルになったらすばらしいなと思って教えています。
【写真】地球学校のホームページ英語版。右下にはYoshiko Nueとクレジットが掲載されている。
- 英訳依頼はウィンウィン(win-win)であり、社会にも役立つ「三方よし」だと感じられました。
本当にそうですね。友人だからというだけで英訳を引き受けているわけではなく、地球学校の活動に賛同しているからです。日本語を母語としない人が日本語を学ぶための場を提供するというのは、特に今の日本では必要ですよね。
日本人だからといって日本語が必ずしもうまく教えられるわけではないので、地球学校のように資格がある先生が廉価で質の高いレッスンを提供しているのは重要です。
他にもKANJIカフェのような基礎を支える活動もあり、かつ生徒は夏休みや春休みのレッスンにも参加でき、日本語以外の普通の教科学習もできるとあって、至れり尽くせりですよね。地球っ子教室の親御さんは料金を気にせずに参加させられるし、先生方に相談もできて気楽に続けられる。心細い外国生活になくてはならない存在だと思います。
- 地球学校のことを、こんなにすらすら話せるなんて!膨大なホームページ情報のすべてを翻訳してくれたことに改めて敬意を覚えます。
いえいえ(笑)本当に大切な場だと思うんですよ。ボランティア精神で、地域に根ざしていて、外国人が気楽に通える場を提供しているのはすばらしいです。日本語学校は、まとまった授業料と時間が必要だから通えない人もいます。地球学校みたいな場所は必要です。行政も民間もやっていない場を提供していますから。そういう意味でも、ホームページの翻訳は最低でも英語と中国語は必須でしょうね。
私も自分の英語についてネイティブの家族に確認することもありますし。ネイティブじゃない人にはいろいろ苦労があるのは当たり前ですよね。
日本はこれからますます外国人を受けいれようとしていますが、その人たちを住民として扱いサポートする体制が…まだ整っていない印象を受けます。日本語ができる外国人ばかりじゃないから、特に災害の時は日本語での情報収集ができないと置いてけぼりにならないのかと気になりますね。
– 災害時の情報は重要ですね。
本当に重要です。地震だけじゃなく、台風の被害も毎年ニュースになっていますし。日本人も不安だけれど外国人はもっと不安でしょう。母国で台風を経験したことがない人もいるでしょうし…。情報は日本語と英語だけじゃ足りない、少なくとも4、5カ国語は必要ですよね。公共の情報だけじゃなく、近所の隣人や住居の管理人などが外国人住民に理解を示す必要がありますよね。外国人は情報マイノリティになりがちで、情報から取り残された弱者になってしまうと命にかかわるかもしれません。
一般的な情報という点では、外国人対応が増えているなと帰省するたびに実感しています。英語だけじゃなく中国語、韓国語、その他の言語が増えていますよね。特に電車の駅表示や車内放送に外国語が加わった点、関東圏の駅それぞれにアルファベットと数字がつけられた点はいいと思いました。それによって乗り換えなどが、特に外国人に対してずっとわかりやすくなっていると思います。
– アメリカでは、どうですか?情報を得るという視点での言語情報は…
アメリカでの表記は基本的には英語です。日本語がわかる人以外とは私は英語でコミュニケーションしています。ダラス地区では中南米から来た人が多く、スペイン語はほぼどこへいっても通じるので、スペイン語だけで生活もできますけど。
日常生活においてもここではスペイン語ができたら便利です。家の修理の人とかスペイン語が母語の人が多いので。大部分の人とは英語でも通じるのですが、うちは夫がスペイン語もできるので私が英語で話すよりもやはりスムーズに進みます。
<参考>横浜市国際交流協会の多言語情報サイト
ここでは言語での情報提供・相談対応が可能です。日本語サイトだけではなく、「やさしい日本語」を言語の一つとして提供しています。対応している言語が理解できない場合も、「やさしい日本語」なら理解できる人もいます。伝え合う・理解しあうために必要な言語の一つとして「やさしい日本語」は広がっていくでしょう。
【写真】横浜市多文化共生総合相談センター ←クリック
※外国人住民と地域住民の接点をつくることは、多文化共生の大きな課題の一つ
Giving、時間とスキルを提供すること
- 12月は寄付月間(Giving December)でした。寄付というと日本ではお金のイメージが強いんですが、ぬえさんのように得意なことで支援するのも寄付の一つなんですよね。
支援の形はお金以外にもいろいろありますよね。ボランティアというのは時間とスキル(skill)を提供しているわけです。支援したいから支援するわけで、強制的なものではないですからね。
寄付はドネーション(donation)と言いますが、何かを提供する行為だからGivingなんですね。ボランティアもIt’s a kind of Giving.です。地球学校のための英訳は自分のスキルの提供で、それは支援のカタチの一つですよね。
- 地球学校への英訳というGivingに感謝しています。ぬえさんはdonationの経験もありますか。
あります。毎年寄付する団体のひとつに、Khan Academy(カーンアカデミー) という教育関係の非営利団体があります。ここの学習動画は、うちの子がホームスクールでお世話になっています。動画はどれも無料で、やはりボランティアによる外国語の字幕付きのものもあります。ビル&メリンダ・ゲイツ財団からの資金やユーザーからの寄付金で活動しています。活動の質の高さや運営の姿勢に感謝して共感しているので、特に年末の寄付強化期間には寄付します。
クリスマスは寄付の季節(the season of Giving)です。カーンアカデミーではオンラインで簡単にカード決済ができます。アメリカでは今では寄付はほとんどオンライン(Online)ですね。システムが寄付しやすいように設定してある点も、アメリカの寄付文化の一面でしょうね。
【写真】寄付月間2019。日本で始まったキャンペーンは五年目を迎えました。
- 現在のライターの仕事について知りたいです。日本語で書いているんですよね。
そうです。きっかけは、私が読んでいたサイトでライターを募集していたことです。応募したところ、記事を2本書いてと言われ、ネタを考え提案し画像も手配して執筆、そして契約に至りました。2014年の9月からですから6年目になりました。書いた本数はオリジナルが650本ぐらい、翻訳記事も入れると700本を超えると思います。月に5〜8本、自分でネタを探して提案してOKが出ると執筆します。自分のペースで興味あることを執筆できるのが好きですね。
- 700本!すごい量ですね。
ネタを探すのも執筆も楽しいです。今はライフハッカー[日本版]を中心に書いています。生活術とか、アメリカにはこういうものがありますとか、健康関連の研究結果など。あまり一貫性はないんですが(笑)、個人的に興味があるトピックや暮らしに役立つ記事を心がけています。
また、海外在住日本人が集う講談社の「EXPAT by クーリエ・ジャポン」ではダラス地区を代表してアメリカ生活について書いています。
ライフハッカー[日本版]で書いた中で印象深いのは、「花粉症対策」です。日米で花粉症に悩んでいますから。半年間自分が実践してレポートして、半年後にフォローアップ記事も書きました。
★2つの記事はコチラをクリック↓↓↓
・2019年の花粉症には「ハチミツとシナモン」を。抜群の効果を実感中 ・秋の花粉症は「ハチミツとシナモン」で対策。2週間で症状が落ち着きました。
- 花粉症対策は日本人にはウケるでしょうね。
反響ありましたね。また、読者にウケたものには「レモンの絞り方」がありました。
・レモン果汁を無駄なく絞るためのひと手間教えます!
ペルー出身の義父母がやっていたレモンやライムの果汁を絞る方法を実験して紹介したんですが、動画をアップしたのもわかりやすかったのでしょう。レモン絞りの技について書くんだと義父母に話したところ、「これって常識じゃないの?」って言われました(笑)。そんな認識の違いも国際結婚とか外国暮らしにはつきものでしょうね。おもしろいですよね。
- ライター活動は日本語ですが、日本語を英語に翻訳するのは、また違う大変さがありますか。
確かにあります。日本語を読んでいて、そのまま英語にできないものは意訳になる点もそうですし、多義文の場合、どっちの意味かを確認して理解してから英訳する必要があります。ほかには…日本語だと、同じようなことを何度も繰り返して多少冗長になってもかまわない場合もありますが、英語ではあまりないですね。もちろん重要なことは繰り返す時もありますけど。
- 言葉を意のままに伝えるのは難しいですよね。外国語の難しい点かと。
そうですね。外国語を学習するときに大事なのは、まず読むこと、つまりインプットを多量にすることだと思います。対象言語を文脈で読んで、単語の使い方や慣用句を身につけないと、辞書で単語の意味だけを覚えても、ふさわしい状況で使えるかどうかは学べませんから。対訳は一対一じゃないので、どういう状況で使うのかを読んで理解することが必須ですよね。
- 文脈で理解する…上手になるために乗り越えないといけない壁ですかね。
そうですね、使ってみて状況で覚えていくしかないと思います。でも、幼児もそうやって母語を覚えていくわけですよね。文法も大切だけど…。言語を獲得するには読解が重要だと思います。アウトプットするためには、インプットの量が欠かせません。
学習者が自分のレベルに合ったものをたくさん読むことが大事です。インプットがたくさんあったらアウトプットの幅が広がりますから。あと、教科書を超えること、つまり初級段階から意識して学びの幅を広げることは重要です。勉強が嫌にならないことも大切だけど、いい加減な日本語のまま覚えてしまうと後で修正が難しいですから。わたしもホームスクールでの日本語は教材だけではなく、日本のテレビ番組や新聞記事、マンガや本を利用しています。
- 対訳が一対一ではない例にはどんなことがありますか。
日本語の「すみません」は、「ごめんなさい」の意味だけじゃなくて、場合によっては「ありがとう」だったり、レストランで店員さんを呼ぶときの「呼びかけ」の意味もありますよね。
これは地元の大学で日本語を教えている先生から聞いたのですが、クリスマス休暇前に学生から「明けましておめでとうございます」と言われたそうです。アメリカではクリスマスごろに「良いお年を」の意味で「A Happy New Year」「Have a Happy New Year」と声を掛け合います。だから「A Happy New Year」=「明けましておめでとうございます」と覚えてしまった学生は先生にそう言ったのです。どんな時には「良いお年を」で、どんな時には「明けましておめでとうございます」になるのかという使い分けまで学んで、場合に応じて使えるようにならなければと思うんです。
- 翻訳だけではなく、日本語教師の視点でもありますね。
確かに、この点は私が日本語を教える時にもすごく意識しています。日本語教師の資格を持っているので、日本語を外国語として見る視点が身についているのが役立っていますね。
最近うちの子と話し合った例は「喜ぶ」という言葉です。日本語が中級レベルのアメリカ人の知り合いが日本人から感謝されて、「わたしは喜びます」と応えたんですね。日本人ならそれは変だよ、「嬉しいです」とか「よかったです」になるとわかりますよね。ふたりで「喜ぶ」の使い方をいろいろな実例を挙げて考えました。最初は「母が喜んでいました」のように、「喜ぶ」は主語が他人ではないかと思ったのですが、「(私の)喜びに堪えません」「私の喜びです」のように主語が自分である文例もでてきたんですよ。
日本語を学習する過程で、何がどうしてダメなのかを理解して使うためには、実例に多く触れてそこからTPOに合った使い方を学びとる必要があるんですよね、やっぱり。
【写真】フォートワースにあるキンベル美術館のクリスマスツリー
多様性が当たり前な社会でも平等なわけじゃない
- 日本は外国人が増加している中で「多文化共生」について模索しているところですが、アメリカは移民国家なので、多文化共生が当たり前なわけですよね。
うーん、どうでしょうね。アメリカはもともと多様な社会ではあるけれど、それでも最近すごく多様性が取りざたされています。それは多様性が存在しているのは認識されている社会だけど、その中でおたがいへの尊重とか受容、平等性はあまりなかったからではないでしょうか。今では多様性が活発に議論されて人種的なマイノリティや他の面でのマイノリティ、たとえばLGBTの人たちも権利を確保しようという動きになっていますね。
- 多様性はあるけれど平等性はない。なるほど~。
日本の場合は、多様性がない(と思われている)ところから始まっているので、スタートラインが違うのかなと思います。多様性がないと思われている社会が日本だとしたら、アメリカは多様性はあると認識されている。ただ、多様性があるから皆が平等に扱われているわけではないですね。たとえば企業のCEOというと白人男性がやはり大多数です。白人に限らず、男性に限らずという方向に進みつつあるのもごく最近のことだと思います。
– アメリカってそこまで多文化共生ってわけでもないんですね。ちょっと意外でした。
うちは映画オタク一家なのですが、社会風刺の色が濃い映画を観るとそれを感じますね。たとえば、アカデミー作品賞候補にもなった2017年の『ゲット・アウト』、これはアフリカ系と白人のハーフの監督の作品で、彼は両方の視点を持っているから人種間の差別や格差が作品に反映しているわけです。そんな作品が出て話題になる。映画にしても小説にしても、アートにはまだ厳しい現実が描かれていますね。
– 2017年の映画でも人種間の格差が描かれてるんですね。まだ最近なのに…
そうですよね。他にも、初のアフリカ系アメリカ人としてファーストレディーになったミシェル・オバマの回想録『マイ・ストーリー』(アメリカ刊行は2018年、日本語版は2019年刊行)が出た時に、特に話題になったことがありました。
それはミシェルが二人の娘を体外受精で授かった経緯を綴っていたことです。一般にはアメリカでの不妊治療は高学歴で裕福な白人夫婦というイメージがあります。でも、ミシェルの告白によっていろいろな記事が出て、白人女性よりアフリカ系女性の方が不妊になる可能性が高く、かつ治療を受けるのが遅れるという事実を知りました。そんなところでも人種による格差があったわけです。
※「東洋経済ONLINE」より
・回顧録も超絶ヒット「ミシェル・オバマ」の次~今も支持され続ける理由はどこにあるのか
– 日本の多文化共生に向けた示唆を感じます。
自己紹介で東京テキサス人と言いました。そう自称し続けていたら、生まれた国ではなく生活拠点を中心に出身を考えるというTEDトークに数年前に出会ったのです。そしてすごく共感しました。それについて記事を書いているので興味のある人は読んでいただけたら嬉しいです。
※ライフハッカー[日本版]より
・出身地ではなく生活拠点が重要。「マルチローカル」という相互理解の考え方
※MASHING UP「女性からはじまるダイバーシティ」より
・「出身」はもっと流動的でいい。マルチローカルという逆転発想
※元になった「TEDトーク」より
・出身国の代わりに出身地域を尋ねよう
– 「出身」とは何か、考えさせられますね。
地球学校は主に横浜在住の外国人を対象に活動していますよね。参加者は外国で生まれた人たちだけど、今は日本に来て、横浜で暮らしている。だから「中国系横浜市民」「インド系神奈川県民」「ロンドン横浜人」などのように、視点を大きく持った「出身」を表現していいと思うんですよ。そうすることで、日本人との共通点が見えてくるかもしれません。私自身も東京以前は、関西、四国、中国地方に住んでいましたけど、その経験はすべて現在の自分につながっています。
上に挙げていただいた記事にも書きましたが、日本人だって、東京生まれで北海道育ち、大学は九州、就職は関西のような国内多文化(?)の人が大勢いるわけですから、多文化というのを外国だけではなく国内の地域文化というように捉えれば、誰もが多文化を抱えていると考えられます。それなら日本でもすでに多文化共生はあるわけで、そんな意識を拡げていけばいいんじゃないでしょうか。